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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10063号 判決

理由

一  原告が室内装飾の設計、施行、請負等総合インテリア業を営む会社であり、被告銀行との間に当座取引がなされていること、原告が昭和四八年七月五日被告銀行四谷支店を支払場所とし受取人を訴外日本タピス株式会社とする原告主張の如き額面金一七四万八九三八円の約束手形一通(本件手形)を振出したこと及び原告が同年九月五日前記訴外会社宛に振出した同日満期の約束手形二通につき支払場所である被告銀行四谷支店に対し債務不履行にもとづく支払拒絶と不渡異議申立を依頼してその手続をとつたことは当事者間に争がない。

二  そこで、まず、本件をめぐる事実関係から検討する。

《証拠》を総合すると、

(一)  原告は訴外日本タピス株式会社と取引があり、相互に手形を振出したりしていたが、昭和四八年七月頃同社が倒産状態におち入り商品等も納品されなくなつたので原告は商品代金支払のため振出した手形について支払拒絶をせざるを得なくなつた。それで冒頭記載の如く昭和四八年九月五日満期の約束手形二通の支払拒絶と不渡異議申立を手形の支払場所である被告銀行四谷支店に依頼して、その手続をなした。原告と被告銀行四谷支店との当座取引は昭和四七年四月二〇日以来なされてきたが、前記支払拒絶と不渡異議申立に関しては原告代表者自身直接同支店に赴き事情を説明して相談し、満期の前日おそくとも満期の朝までに異議申立依頼書を銀行に提出して支払拒絶ならびに異議申立をなすべき旨の説明をうけていた。

(二)  右の事前届出にもとづき事務処理がなされることは事柄の性質からしても当然のことではあるが、特に被告銀行四谷支店では一日約四〇〇件ないし六〇〇件の交換手形があり、昭和四七年一月から交換手形の引落し処理にコンピューター制度が導入されており、これは被告銀行に回つてくる全部の交換手形を事務センターでコンピューターにかけて一括引落したのち各支店毎に仕訳した手形を回わし、支払拒絶ないし支払保留の手形については各支店で再びコンピューターにかけて、さきの引落しを是正し支払をしないという取扱となつている。ところで原告代表者は前叙の如く昭和四八年九月五日満期の手形二通については支払を拒絶したので、これと同様の本件手形についても支払拒絶をなすべく満期の前日である同年一〇月二四日に原告女子事務員に対し、被告銀行四谷支店の和田幸克のところへ行き異議申立依頼書を貰つてくるように指示した。同支店を訪れた女子事務員は和田が来客中のため同支店に転勤してきたばかりの当座係安保茂に逢い前記書類の交付を求めた。安保は異議申立依頼書の記入事項につき同女にただしたが細かいことが解らなかつたので、その記入要領を教え、細部の記入方法が不明ならこちらで記入してやつてよいから不渡異議提供金と共に至急提出するように、手形が廻つてきた段階で確認のため電話で連絡する趣旨のことを説明して異議申立依頼書の用紙を交付した。

(三)  帰社した女子社員は手形が廻つてくれば電話連絡があるから、それまでに異議申立提供金を準備することと異議申立依頼書を作成することが必要だが、依頼書の細部については銀行で記入してくれるそうだから書かなくてもよいだろうという趣旨を原告代表者に報告し、異議提供金として手形額面金に相当する金額の小切手を振出して貰い、異議申立依頼書に代表者印を貰つて準備し、被告銀行四谷支店からの電話を待つたが、満期日の同月二五日を経過しても音沙汰がないので翌二六日同支店を訪れたところ本件手形は既に支払われていることが判明した。

以上の経過が認められる。〈省略〉

三  そこで以下原告の主張について判断する。

(一)  原告は本件手形につき支払拒絶と不渡異議申立を依頼したにもかかわらず、被告銀行はその手続をとらなかつたと主張して債務不履行にもとづく損害の賠償を求めているが、前段認定のとおり、いまだ本件手形について支払拒絶等(支払委託撤回)について原告と被告銀行間にその旨の契約(委任契約)が成立したとは認め難いので、これを前提とする原告の第一次請求は理由がない。

(二)  次に、原告は、銀行には取引先きである顧客に対して銀行業務に通じない一般人にも理解できるよう支払拒絶等の制度につき説明すべき注意義務があるのに、故意または過失によつて、これを怠り、原告に手形額面金額相当の損害を蒙らせたから不法行為にもとづき損害を賠償すべきである旨主張する。たしかに銀行取引における信義則にしたがえば、原告主張の如き注意義務が銀行に科されていると解するのが相当であるが、本件においては、さきに明らかにしたとおり説明の受取り方に感違いがあつたものとしか言いようがないから、これをもつて被告銀行の責めに帰するのは酷に失する。のみならず、さきに認定した経過からすれば原告代表者においては本件以前に自己振出の約束手形を支払拒絶する際の手続につき充分の知識があつたものと解されるから、なおさらのことといわねばならない。したがつて、この点に関する原告の主張も、また、採用し得ない。

四  以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却

(裁判官 麻上正信)

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